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木遣太鼓のルーツ of 三宅島 木遣太鼓 Newホームページ

東京都指定 無形民俗文化財

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文献によりますと江戸時代・文政三年(1820)、「神着(かみつき)村百姓、藤助(ふじすけ)同八三郎(やさぶろう)同又八(またはち)等、伊勢参宮の帰途京都祇園祭を見て帰島後牛頭天王祭(ごずてんのうさい)を初む」とあります。

ー 牛頭天王祭(ごずてんのうさい)ー

DSC_0173.JPGこの牛頭天王祭の御輿巡行の折り、その先導役となるのが太鼓であり、輿と共にあって大榊(おおさかき)を手にした榊持ち(さかきもち)が木遣りと榊で輿を指揮すると言った役まわりとなります。<七月十四日宵の宮・同十五日本宮> 木遣りのルーツは、木材を切り出す時や、廻船の海浜への上げ下ろしの際 に唄われた労働歌が起こりと言われ、この木遣りと太鼓をあわせて木遣太鼓と称している訳で、輿、太鼓、木遣り(榊持ち)が三位一体となって牛頭天王祭は執行されます。

ー 祭りでの役割 ー

〜太鼓〜

 神輿の先導役として大太鼓(2尺宮太鼓)小太鼓(〆太鼓)を2mくらいの木棒くくりつけ2名で背負う。御しゃく神社内で「寄せ太鼓」「打ち込み太鼓」が打たれる。

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 神輿巡行が始まると「神楽太鼓」(要所要所で打ち込み太鼓)を打つ。地区内を巡行し神社一の鳥居前で太鼓を据え置き、神輿が一の鳥居をくぐるまで「打ち込み太鼓」が叩かれる。祭りではこのような流れで木遣り太鼓が叩かれる、全国的に多くは「木遣り太鼓=打ち込み太鼓」として捉えられているが、本来は「木遣太鼓=木遣り歌・寄せ太鼓・神楽太鼓・打ち込み太鼓」をいう。また、「木遣太鼓」名称は本来の祭りの中には存在しない、昭和45年に保存会が発足時に祭りの中の太鼓を総して「木遣太鼓」とし、その後東京都無形民俗文化財としての指定を受けた神着郷土芸能保存会が今も伝統芸能を保持している。

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 太鼓の内容、打ち方の種類は、人々を集合させるための「集まり太鼓」(寄せ太鼓)・輿が地区内を巡行する時に行う「神楽太鼓」・所定の場所で打たれる「打ち込み太鼓」等があり、この種々の打ち方と木遣りを総称して「木遣太鼓」と言います。この木遣太鼓は七月中旬執行の牛頭天王祭のみならず、隔年八月初旬執行の富賀神社大祭御輿渡御(とがじんじゃたいさいみこしとぎょ)<八月四日宮出し・同九日宮入>の際にも使われます。この御輿渡御は全国的にも珍しい行事と思われますが、 各地区を輿が一泊しながら次々と引き継がれ島内を一巡してくるというものです。
この輿の受け渡しについても昔から種々細部に渡り、仕来り、習慣、申し合わせ等で厳しく定められており、万一違えた場合は、両者入り乱れて大乱闘にまで発展してしまう場合もあります。

冒頭にも記しましたが、三宅島は静かでのどかな面と、台風や噴火といった大変厳しい自然を併せ持った島です。したがっ て祭全体は勿論のこと、特に太鼓は、うきうきした穏やかさと地鳴りの様に身体にズシッとくる響きを打ち出します。

〜木遣りと榊〜

 祭りで先導役となる太鼓・木遣り(榊持ち)は重要な囃し手である。その囃し手の中で神輿の前を歩き、榊をもちながら唄うのが「木遣り」である。榊持ちが歌い神輿を担いでいる人々が受声をする。榊持ちは定型の歌詞以外にもその場の状況に応じた思いを即興的に歌い神輿を盛り上げる。榊はマサカキで3mくらいあり、中央に1m以上ある紙垂を30~40本つけるが小枝にはつけない。昔は榊を山から切り出すのは浅沼吉家と決まっており、形の良い木がやたらにあるものではないので、種木を見付けておいて手入れ育成をしていた。その後、この作業は芸能保存会の手によって受け継がれ、噴火以前は大祭前日の午前中に数名が山に上り今年使用する分の伐採と来年以降使用できるように新しい種木を見付けながら手入れをしてきた。
 噴火後は、火山灰の影響により大半の木々が枯れてしまい、マサカキも同様に島内で手には入らなくなった、そこで隣島の御蔵島神社の好意により毎年祭り前に渡航し選定して祭りに使用している。

現在では、都内在住の方から十数本の苗木を寄付してもらい、保存会顧問である浅沼家の山林で育てているが、その苗木が祭りに使われるには約10年の歳月が必要とされている。 

 牛頭天王祭当日の夜、宮入時刻の八時前ともなると、一の鳥居を境に輿を上げろ下げろと激しい攻防が始まり、祭りも最高潮。榊持ちは枯れたのどで、なおも大榊をふるい、木遣り声をふりしぼり、太鼓の方は「ここで打たねばどこで打つ」とばかり、枹も折れよ腕も拉げよと力の限り打って打って打ち込みます。今回は牛頭天王祭の中から、木遣りと太鼓を切り取って各地で紹介させて頂いておりますが、本来なら太鼓、榊持ちの後に御輿がワッショイワッショイと続いている訳です。

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 最後に、我々保存会員を含む三宅島全島民が避難指示解除により島に戻ることができましたが、依然として火山ガスが放出される中での帰島ということもあり、この災害を乗り切る事は並大抵の事ではありません。しかし、全国各地より御見舞いや励ましのお手紙等を頂いております、 この心暖かい全国の皆様方へのお礼の意と、マグマ活動、火山ガス活動の少しでも早い鎮静化への祈りを込めて、力の限り木遣太鼓を打ち込み続けます。

『三宅島・神着郷土芸能保存会』
 会長・浅沼 道之

東京都の小さな島の小さな地区に古くから伝わる牛頭天王祭。
その祭りを盛り上げるために叩かれてきた太鼓が全国に広まり、今に至っています。
その中で、本当の祭りの太鼓を知っている人が少なく、見せる太鼓=舞台用太鼓として扱われ、本来の「祭りの中の太鼓」が忘れ去られている今日、保存会では本当の太鼓を知って頂きたいと思っております。